ボヘミアン日記 第3回

コロナには一度かかったが、どうも、同じ症状なのでコロナ検査キットを買いに行って調べた。6$でEU認証のもので、日本で医者が使っているモノと写真で見たところ同じようだ。それが日本では不足しているという。日本は貧弱だなあ、と思ってしまう。ここでは、そこらの薬局で検査の仕方もちゃんと教えてくれる。長い綿棒のようなもので左右の鼻に奥深く入れる。右鼻で右回しで5回、左回しで5回。次に左の鼻で同じことをやり、それを水状でスポイトのようなものに入れて数分(5分と言われたような10分と言われたような)待つ。そして、定規のようなものに、そのスポイトから数滴たらす。PCでダウンロードするときのようにグーと検査している風が分かり、結論が出る。ポジテイブ、ネガテイブ、良く分からん、検査不能がでる。結果、今回のはただの風邪とした。

そう分かると人間はおもしろいもので、体がだるい、くしゃみが出る、微熱っぽい・・これらは風邪だと決めつけられる。元気に太陽の下を歩く習慣に戻る。コロナについては自分を臨床研究の材料にしたわけだが、どうも、免疫力を高めるしかないようだ。薬はない。僕のように糖尿病で高齢などというのは一般にはかかったら終わりと思っている向きもいるだろうが、自力本願で免疫力を高めることにした。映画などで悪魔が出て来ると十字架で守るような場面があるが、僕にとっては太陽だ。太陽はすべての始まり「女性は原始、太陽であった」と平塚雷鳥さんが言っているが、創造(生)はそこから始まる。ちょっと宗教的に聞こえるかもしれないが、宇宙のエネルギーが生物の素だと思っているから、それに素直に従う道が正しい。

ボヘミアンとしてはなるべくどこにも頼らないを信条にしている。日本との縁をパスポートだけにしようとしてきた。国籍も変えられるかも模索した。その気持ちは変わらないのだが、ちょっと、変わったことがある。そう思った理由は多くの知り合いを持つ日本人が悲惨に向かっているネズミの群れのように見えてしょうがないからだ。ちょっとずつ変わるから茹でカエル状態で感じないのかもしれないが、その悲惨への覚悟が甘く見えてしょうがない。その悲惨への兆候は随所に現れているが見えない(見たくない)ようだ。海外で生を終えようと決めてしまうと、それが良く見える。「フェアートレードと平和構築」を山田満先生に話してもらった。僕らの活動は、そこに目的がある。そこでの日本のウリは平和憲法9条なのだ。世界で日本が誇れるものがどんどんなくなる中で、これは財産だ。

ドラマ作りを始めて、ちょっと変わった。国籍を聞かれると以前はアジア人と答えるようにしてきたが、最近はアジア人として平和を追求する日本人ということにしている(Japanese for peace as Asian)。英語として正しいかは別として、ヒロシマ、戦争をしないとする憲法、若者へのその精神の継承育成を語る。日本人には伝わりにくいが外国人、特にヨーロッパ人には伝わる。たぶん、日本国内では同じ状況なのだろう。伝わらなくなっている。そこで選挙監視員で来た日本の若者が殺され、そこから輪廻で生き返り、教育・文化育成で「自分を大事に」をアジアでやっている。それをアジアから日本にも伝える、という構想だ。日本を変えるには外と内が協働していく、そう思ってドラマ作りをやっていると日本からの輪廻思想を能で表現しようとなる。やはり、どこか自分の中のアイデンティティは日本文化にあることに気付く。

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