お天道さまの気分次第で‥

会社を早期退職して去年移住した後藤千恵です。

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2月のある日曜日。午前7時半、その日の仕事の予定を確認する朝ミーティングが始まると同時に雪が舞い始めた。空からチラチラと小雪が舞い降りてきたかと思いきや、すぐに強い西からの風で横なぐりに雪が吹きすさび、前がよく見通せないほどになった。色付きだった世界がみるみるうちに白一色に塗りつぶされていく。

司会の今井さんが、「あー、雪が強くなってきましたね~。きょうは外での作業は難しいかなぁ」と特に焦る様子もなく、いつものように淡々とした落ち着いた声でつぶやいた。ネットで宇部市の天気予報を調べると午前中は雪、午後からは回復するとのこと。そこで急遽、午後に予定していたレモンの塩漬け作業を午前中に変更することになった。

都会ではよほどの台風や大雨でもない限り、天候によって仕事の内容が左右されることはないが、自然を相手にする仕事は天候次第、まさにお天道様の気分次第だ。それはそれで大変なことなんだけれど、都会から移り住んだ私にとっては、人間の思うがままにならないことがあるということ自体がとても新鮮だった。

というわけで、午後に予定していたレモンの塩漬け作業に朝から取り掛かった。レモンの塩漬けは、モロッコに古くからある伝統的な発酵調味料で、肉と一緒に煮込んだり、果肉や皮を細かく刻んで料理の風味づけに使ったりするのだという。松山の大学の先生から宇和島で採れたたくさんのレモンを送っていただいたので、数年は保存できるというこの調味料を作ってみることにしたのだ。

<宇和島産のレモン&シンガラジャの天日塩>

果実酒用の瓶に大きめにカットしたレモンと塩を交互に重ねて隙間なく詰めていく。塩にはちょっとこだわって、インドネシア・バリ島で海水を天日と風で乾燥させて作った「シンガラジャの天日塩」を使った。まろやかな旨味のある粗塩だ。5人がかりでおよそ2時間半、8リットルの瓶5個分のレモンの塩漬けができた。あとは一か月ほど、毎日瓶を上下に振って塩を全体になじませ、長い時間熟成させて発酵するのを待つだけだ。

モロッコ料理に詳しい小川歩美さんの記事によると、モロッコでは昔はそれぞれの家庭でオリジナルのものを作ることが多かったのだけれど、今では市場で売っているものを買う人も多いそうだ。モロッコの人が買って済ませる調味料を日本の山の中で手作りするというのが何だかおもしろい。

早朝は、吹雪のような天候だったけれど、塩漬け作業をしているうちに天候は回復、時折小雪は舞うものの、穏やかな陽もさしてきた。南向きの窓辺では、87歳の母がスタッフの生後6か月の赤ちゃんを抱っこして日向ぼっこ。冬の温かな日差しを浴びながら二人でぼんやり外を眺めていた。一瞬、時が止まって、そこだけ穢れ(けがれ)のない空気に包まれているような気がした。

夕方。いつものように、家の裏の薪ボイラーで風呂の湯を沸かしながら西の空を見ると、朝の雪景色から一転して澄み渡り、夕陽が空を淡く柔らかなパステル色に染めながら山の端に沈もうとしていた。

<早朝の楠クリーン村>
<夕方の楠クリーン村>

暗闇に包まれた夜、インターン学生(国立大学1年生)のIちゃんから、こんなラインが‥。

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きょう星空がやばいですよ

私ここ来て毎日空見てましたが、

きょうが一番きれいです

これは市街地じゃ見れないです

私これが見たかったんです、もうこれだけで報われました 笑

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どれどれ‥、デッキに出て空を見上げてみると‥

<オリオン座の周りに広がるたくさんの星 見えにくいけど実際にはこの何倍も!>

あー、確かに確かに、満天の星!いつにも増して多くの星がきらめいて見える。

ふと地上に眼を落とすと、真っ暗闇のなか、小さな光が近づいてくる。Iちゃんの懐中電灯だ。

午後10時、大の天体好きで興奮気味のIちゃんと二人、我が家のデッキで即席の星空観賞会が始まった。

Iちゃんは、デッキの手すりに背中をつけて体をぐっとそらし、イナバウアーをしながら?天空を眺め始めた。

「わー、天然プラネタリウムですねー。こんなきれいな本物の星が見られるなんて、プラネタリウムにお金を払って見に行くのがもったいなくなる

昔の人は夜、何もやることがないから、こうやって毎日、星空を眺めて、星と星をつないで、星座の形とか、考えてたんだろうなぁ

あー、寝袋に入って、ここで一晩中、星を見ていたい

楠クリーン村に天体部、作りませんか?」

Iちゃんの話は尽きそうになかったけれど、さすがに身体が冷えてきた。外の気温は氷点下だろう。それにIちゃんは翌朝、取材のため、午前7時すぎの電車で天草へ旅立つ予定だ。

そろそろ寝よっか‥。

吹きすさぶ雪、日向ぼっこ、夕焼け、そして満天の星。

移住してよかったなと思う一日‥。