シリーズ イノシシ              第1回「イノシシをさばいていただきました」

会社を早期退職して去年移住した新米村民、後藤千恵です。

イノシシによる農業被害が広がっているというニュースを耳にして、大変だなあと他人事のように思っていた私が、捕獲したイノシシを自分の手でさばいていただくことになるとは‥。直前まで生きていた肉塊は生温く、私は“命”をいただくのだということを実感した。 

           

私とイノシシの初めての出会いは去年9月、東京・品川から楠クリーン村に移住してきて間もない頃だった。車で自宅に戻ってきたところ、家のすぐ前の道路で2頭のイノシシが歩いているのに出会った。親子だろうか、逞しいイノシシと一回り小さなイノシシ、尻のあたりが丸くて意外と可愛いというのが第一印象だ。

その後、車で楠クリーン村を出入りする山道で何度もイノシシやシカ、名前のわからない小動物に頻繁に出会うようになり、それが当たり前の光景になると同時に、山道に入るときには、“動物の山に入らせてもらう”という気持ちになってきた。

ここは50年ほど前に山を開墾し茶畑となった土地、元々はイノシシやシカなど動物の住処だったわけで、要するに後から入ってきたのは、我々人間のほうなのだ。夜、車で通るときは「動物のみなさん、失礼します。ぶつからないでね」という気持でゆっくりとアクセルを踏む。     

ある夜、きょうもイノシシに会いそうだなと思って、車の助手席に座っていたスタッフのRちゃんにスマホで動画を撮ってもらったら、案の定‥

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<楠クリーン村の敷地内では時々、シカとも遭遇する>

見た目は可愛い動物たちだが、農家にとっては、大切に育てた農作物や木々を荒らす困りものの害獣である。楠クリーン村でも柵を作るなど対策はしているものの、どこからか入られ、コメやジャガイモなどの被害が後を絶たない。折角、育てた農作物が収穫直前にイノシシに荒らされ、農業を続けていく意欲を失い、耕作放棄地が増える。それがまたイノシシを増やすという悪循環が全国的に起きている。

楠クリーン村やその近辺にはイノシシのワナが何か所か仕かけてあって、時々、イノシシがかかる。先日も、近所の猟師、たっつぁんがワナにかかったイノシシを一緒に解体しようと運んできてくれた。

たっつぁんは76歳、これまで半世紀にわたって数百頭のイノシシをしとめた腕利きの猟師だ。これまでの武勇伝には事欠かない。

重さ70キロほどとみられるオスのイノシシだ。毎年、年明けのこの時期は繁殖期に入り、オス同士の抗争が激しくなって、エサも食べなくなるので100キロくらいあった体が70キロくらいになることも珍しくないとのこと。

引き締まった腹の真ん中をたっつぁんが鋭いナイフでツーと一直線に切り割き、解体が始まった。まずはきれいに皮をはいでいく。

「骨とか筋肉がどうついてどういう働きをしよるんか、それさえ知っちょりゃぁ、簡単にばらせる。理科の勉強やぁ。」と言いながら、たっつぁんは慣れた手つきで肉を割き、内臓を取り出した。

腸や膀胱が破けると臭くて大変なことになるそうで、傷つけないようにナイフの力加減を微妙に変えながら、それでも手を動かす速さは変わらない。

なんとも見事な手さばきだ。肉を切り取るのではなく、肉を引っ張りながら骨に沿ってナイフを滑らせ、丁寧にはぎ取っていく。

驚いたことに皮の裏側には数センチから10センチほどの傷が6か所も残っていた。ほかのオスから鋭い牙でつかれた跡だそうだ。猪突猛進、メスをめぐって死闘を繰り返してきた証だろう。

<きれいに剝がされたイノシシの皮>

イノシシの身体が動かないよう手で支えながら、そっと毛を触ってみると1本1本が針のように硬い。「針みたいですね」と言ったら、昔は実際に針として使っていたとのこと。

あとでネットで調べたら、今も靴職人の方が毛針として使っているそうで、靴づくりの工具を販売するネットサイトではイノシシの毛針が10本800円(税込)で売られていた!

生まれて初めての“感触”だったのは、直径10センチほどもある鼻だ。犬の肉球のような感触で独特の弾力がある。この大きな鼻で土の下にある食物の匂いまで嗅ぎ取って土を掘り起こしたり、大きな石を転がしたりしてきたのだ。

“柔らかいのに強い”、この鼻の成分や構造を参考に「ネイチャー・テクノロジー」で何らかの商品開発ができないものだろうか。

ちなみに、イノシシやブタの嗅覚は犬に劣らぬほど優れているそうで、フランスで世界3大珍味のトリュフ(広葉樹の根に生える地下生のきのこ)のにおいを嗅いで見つけ出すのはもっぱらメスブタの仕事だという。トリュフはオスのフェロモンの匂いに似ているのだとか‥。万能の鼻である。

私の出番は、後ろ脚の骨から肉をはぎ取る作業だ。分厚い肉をつかむと生温かく、思わず「あれ?あったかい‥」。「あたり前じゃろ、今まで生きとったんやけえ」とたっつぁん。

普段、スーパーで買うパック詰めの肉は冷たく、きれいに切り揃えられた“商品”だ。しかし今、私の目の前にあるものは温かく、ついさっきまで血が通っていたイノシシの肉、私はまさにこれからイノシシの“命”をいただこうとしている‥。

肉をブロックごとに分け、骨もスープの出汁として使うため、大鍋に入る大きさに斧で割ったところで作業はいったん終了した。皮と内臓以外、まさに余すところなく、いただける状態になった。

午後1時に解体作業を始めてから、すでに3時間半が経っていた。その後、肉塊をポリタンクに入れて丸一日、流水にさらして臭みを取り、翌日、肉を小分けにし、ラップに包んで冷凍庫へ。これで、すべて終了!

あとは自家製ジビエ料理でいただくだけ。早速、ジビエ料理のレシピをネットで調べたら、色々とおいしそうなメニューが並んでいる。さて、何を作ろうか?

(第2回へ続く)